【感性を磨く】理由をことばで説明してみよう
自分がそう思った理由をことばで説明する
最近やっていることのひとつに「自分がそう思った理由をことばで説明する」というのがある。
対象は何でも構わない。
つけっぱなしにしていたラジオから聞こえてきた曲が素敵だなと思ったら、なんで自分はその曲を素敵だなと思ったのか。
息子の態度にイラっとしてしまったときは、なんで彼のその行動がそんなに気に入らなかったのか。
洗面所に落ちている髪の毛を見て汚いなと感じたら、なんで自分の髪の毛なのに床に落ちたとたん汚いと感じたのか。
別にそれで自分の行動を改善しようという意図があるわけではない。
ただ単純に、なんで自分がそう思ったのかを考えて、誰にでも伝わることばで説明する、というそれだけのこと。
それだけのことが、なんだかとても面白いのだ。
たとえば今日。
お昼にお散歩していた時に近所の川にかかった橋の上で、高校生とすれ違った。
近くの高校の制服に身を包んだ、私より体の大きな男の子三人。
その中の一人が、手に、シューズを1足持っていた。
右手は肩にかけたカバンに添えられていて、左手に、体育館で履くような白いシューズ。
人差し指と中指をそのかかとにひっかけるようにして持っていて、垂れた靴紐がブランブランしてた。
なんだかその光景に目を奪われてしまって、家に帰ってすぐに、これはいったいなぜだろうと紙に書き出してみた。
その一場面の何に、自分の心がそんなに反応したのか。
たぶんこれが学校の下駄箱や体育館の入り口で見たものならば、気にも留めないと思うのだ。
もしきちんとシューズバックの中に入っていたならば、その高校生とすれ違ったことすら記憶になかったに違いない。
それが、彼がシューズをむき出しでぶら下げながら帰宅していたために、自分にとってこんなにも印象的に映った。
私の出した結論は「路上で見かけた1足の体育館シューズという(自分にとっての)非日常アイテムから、何か物語が始まるのではないかというワクワク感を感じた」でした。
正直言うとこれはもう少し深掘りをしたいところ。
もっと自分の心の中をのぞいてみたいところだけど、娘も横で騒いでいるので今日のところのとりあえずの結論としてノートに記した。
自分のことなのに、自分の心が感じたことなのに、私たちは考えるほどにその理由がつかめないことも多いのだ。
その場面を振り返って、とつおいつ思案にくれても、ぴったりのことばで説明できることは稀。
でもその過程の中で、感性は磨かれ、語彙力がつき、オリジナルなものの見方ができるようになるのではないかなとも思う。
どんなに取るに足りないようなものであっても、それは私だけが感じた感情で私にしかない感覚だから。
私たちは普段いろんなことに心をざわめかせる。
嬉しいことやキュンとしたこと、怒ったことやがっかりしたこと、様々な感情が巻き起こっては消えていく。
ふっと心に起こったささいな気持ちの波風をキャッチして、その理由をことばにすること。
意味はなく、正解や不正解もない。
だがしかし、そこには自分の心を揺らせる何かがあるのだ。
そんな瞬間をはっしと自分の内に収めることができるようになったら、毎日はもっと彩り豊かになるにちがいない。
そういうのを見つけるのが楽しくて、今日もこっそりと、そんな遊びをしています。